東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)54号 判決
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決の理由の要点についての原告主張の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、本件審決を取り消すべき事由の有無について判断する。
原告は、本願発明と引用例に記載されているスキーとの間に存する審決認定の相違点について、本件審決はその判断を誤り、本願発明の奏する効果、即ちスキーのアーチベンド値を安定なものにする(換言すれば、下面材とソール材との間に配置した発泡プラスチツク材が吸水してもスキーの滑走性能に影響を及ぼすほどの反り―アーチベンド値の変化―を生じない)という特段の効果を看過誤認し、本願発明をもつて引用例に記載されているスキーから容易に発明をすることができたとした違法があると主張する。然しながら、この主張は、理由がないものといわざるをえない。即ち、
1 当事者間に争いのない特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨、成立に争いがない甲第二、第八、第九、第一一号証及び第一四ないし第一六号証を総合すれば、次の事実を認めることができる。
本願発明は、滑走面の改良に係るスキーをその目的とするものであるところ、本願出願前広く普及していたスキーは、下面材の下層部に薄いソール面が設けられており、スキーが滑走するのは、ソール面が雪面に接して滑るとき雪面との摩擦熱で雪が解け、その融解水が潤滑剤の役をして円滑に滑るのであるが、一方、根本的には、ソール面と雪面との間に生じた摩擦熱を逸散させずに雪の融解に有効に利用することがスキー滑走を円滑に行うためによいのであつて、それが求められていたが、従来技術では、この摩擦熱がスキー本体側に熱伝導されて逃げてしまい、摩擦熱を有効に利用する手段が施されていなかつたので、本願発明はこの摩擦熱を有効に利用して雪の融解を促進すべく下面材とソール材との間に熱伝導率の小さい発泡プラスチツク材を配置したものであること、この発泡プラスチツク材はそれ自体接着性がよく、また、木材と比較して吸水性が小さいため湿度の変化にほとんど影響されず、常時水分にさらされるスキー本体下面部の寸法変化を安定させることができ、これによつてスキーの反り、ねじれ等の発生を防止することも期待できるので、本願発明は右のように下面材とソール材との間に発泡プラスチツク材を配置した構成によつて、ソール材即ち滑走部と雪面との間に生じる摩擦熱をスキー本体側に逃がさず、雪の融解に利用できて円滑な滑走を行うことができ、滑走部の発泡プラスチツク材がスキーに生じる弾性波及び振動を吸収することができ、発泡プラスチツク材の表面が素材のもつ微細な凹凸によりソール材との接着性向上の効果もあるとして、「中芯材の下面に配設される下面材とソール材との間に発泡プラスチツクを配置したスキー」を発明の要旨とするものであること。
右のような事実を認めることができ、これに反する証拠はない。
2 ところで原告は、本願発明において、スキーのアーチベンド値を安定なものにするという効果を奏すると主張するが、前顕甲号各証を検討しても、右効果なるものが、本願発明の構成により奏するとして技術的にこれを評価すべきことを肯認するに足る理由を見出すことができないし、他に右主張を認めるに足る証拠はない。
3 もつとも、原告は、右効果は、換言すれば、下面材とソール材との間に配置した発泡プラスチツク材が吸水してもスキーの滑走性能に影響を及ぼすほどの反り―アーチベンド値の変化―を生じないという効果である旨述べ、その根拠は甲第一六号証に記載されている旨附陳するところ、前顕甲第一六号証中には、1に認定したとおり、「木材と比較して吸水性が小さいため湿度の変化にほとんど影響されず特に常時水分にさらされるスキー本体下面部の寸法変化を安定させることができ、これによつてスキーの反り、ねじれ等の発生を防止することも期待できる」と記載されていることが認められ(この記載部分は、成立に争いのない甲第一号証、前顕甲第一一、第一六号証によれば、本願出願公告の後において特許法第六四条の規定に基づく補正として認められた補正部分であつて、出願公告された明細書の発明の詳細な説明の欄の一部を訂正したものであることが認められ、仮に本願発明の奏する効果であるとしても本願発明のいわゆる解決課題との関係が明らかでないけれども、)原告の主張する右効果に相当するものとも認められるので、この点について検討する。
(一) 成立に争いのない甲第二二号証の二、第二三号証の四によれば、「スキーにおけるアーチベンドとは、スキー板を合わせたときにできるすき間のことをいい、平坦な場所でスキーに乗つた時にスキー全体で雪面をとらえるように設計されており、もしアーチベンドがないとスキーに乗つた時に中央がへこみ、前後が浮いて不安定になるので、そのようにならぬよう、スキーヤーの体重をスキー全体にバランスよくふり分けて支える働きをし、滑走性を生むのであつて、アーチベンドがあるかないかは板の性能に違いが生じることとなること」が認められる。
(二) そして、成立に争いのない甲第一三号証の一ないし三、六ないし九、第二〇、第二一号証、第二二号証の一ないし三、本件口頭弁論の全趣旨を総合すれば、「スキー板の基本的構造は中芯材と中芯材の上面及び下面に高弾性率の強度部材からなる上面材、下面材を積層した三層部分と、更にその外側の上、下面に化粧材及びソール材を配設した部分とからなり、このような各部材を、曲面を有する成形型内で加圧接着してスキー板に成形し、その結果曲面がスキーに与えられ、スキー板のアーチベンドが形成されること、そしてアーチベンドが変動する要因として、中芯材、上面材、下面材、化粧材、ソール材及び下面材とソール材との間の断熱材から成る各部材の材質が、熱、水分の影響のもとで寸法変化を生じることによりひきおこされることがよく知られ、このためスキーの各部材の材質としては、熱、水分その他の条件のもとで寸法変化を生じない材質であつて、基本的にはスキーとして滑走に適する強度を備えた材質であることを前提に選択されることは技術上の常識であること」を認めることができ、これに反する証拠はないから、右事実からすれば、スキー全体について寸法変化が生じることのないよう、各部材の材質や部材相互の結合手段等を考慮したうえで設計されることは技術上見易い道理である。
(三) 右(一)、(二)に述べたように、アーチベンド値の安定なる効果は、スキー全体の各部材の材質、結合の態様などとの関連において判断されるべきものであるところ、本件に現れた全証拠によつても、本願発明において下面材とソール材との間に発泡プラスチツク材を配置した構成としたことが、引用例に記載されているスキーにおいてヒツコリー薄板を配置したものであることと対比し、アーチベンド値が安定状態を保つものであると断ずべき合理的理由を見出すことができない。
(四) 他方、前顕甲第一三号証の八(引用例)によれば、「引用例に記載されているスキーは、中芯材として合板、上面材と下面材としてメタルシートケツシヤロイ、化粧材としてフエノール樹脂シート、ソール材として滑走面・ボルロン、下面材とソール材との間にヒツコリー薄板をそれぞれ配設した構成のものであること、そしてヒツコリー薄板は他の構成部材に比較して薄いものであつて下面材の下層に、下面材に張り付けた状態で取り付けられ、かつ強度をもつた下面材とソール材との間に挟着されて配置されていること及び右の構成のスキー板は常に理想的なアーチベンドを保ちうること」を認めることができ、してみると、原告主張のようにヒツコリー薄板に水分が浸透しうるとしてもそれが膨潤するものとはいえないと解するのが相当である。しかして、右のような構成の、引用例に記載されているスキーにおいて、ヒツコリー薄板が本願発明における発泡プラスチツク材よりも、アーチベンド値の安定に変動を与えると認むべき証拠はない。
原告は、ヒツコリー薄板は水分を吸収すると膨潤するから寸法変化し、寸法安定性に欠け、ひいてアーチベンド値に変動を与える旨の主張をするが、そのような寸法変化を生じ、またアーチベンド値に変動を与えるかどうかは、叙上のことから明らかなように、相当程度の強度をもつ化粧材、上面材、中芯材、下面、そしてソール材とが圧着一体化された構成との関連において判断されるべきことであり、この点よりすれば、引用例に記載されているスキーにおけるヒツコリー薄板が原告主張のような寸法変化を生じ、もしくはアーチベンド値に変動を与えるとはいえないこと既述のとおりであつて、原告の主張するところは、単にヒツコリー薄板そのものを他の構成からひき出したうえ、それ自体が木材のゆえに水分を吸収し、これによつて膨潤することを前提に述べるものであるというべく、採ることができない。
(五) 右のとおりであるから、引用例に記載されているスキーにおける、下面材とソール材との間に配置されたヒツコリー薄板に比し、本願発明における発泡プラスチツク材が、スキーのアーチベンド値を安定なものにするという特段の効果を奏すると断定することはできない。
4 しかして、引用例に記載されているスキーにおける、下面材とソール材との間に用いられているヒツコリー薄板に代えて、本願発明のように発泡プラスチツク材を用いることにつき技術上困難性を有することを認めるに足る証拠はないことを併せ考えれば、本件審決には、本件審決が認定した相違点に対する判断に誤りはないというべきである。
5 してみれば、本願発明は引用例に記載されているスキーに基づいて当業技術者が容易に発明をすることができたものと認定、判断して、特許法第二九条第二項の規定によつて特許を受けることができないとした本件審決に違法はない。
三 よつて、本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由がないので棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
中芯材の下面に配設される下面材とソール材との間に、発泡プラスチツク材を配置したスキー。